坂本冬美 片岡鶴太郎の「歌の昭和人」へ

USEN「昭和ちゃんねる」火曜日は片岡鶴太郎の「歌の昭和人」へ
7月のゲストは坂本冬美さんでした
USENなので聴けないものと諦めてましたが・・・
神様ありがとう!

普通のラジオ番組くらいのちょっとしたトークなのかと思っていましたが、4時間すべてみっちりと鶴太郎さんと冬美さんのトークと歌 (≧∀≦)
冬美さんのちょっとハスキーなお声はいつまでも聴いていられます

鶴太郎さんと冬美さんは色んな所で会ってはいるけれど挨拶程度の会話しかしたことがなかったという間柄
本格的にじっくりトークするのは初めてだったそうです

一部書き起こしてみました



自粛期間中のお話

冬美さん「私最初やっぱり油断で太りかけたんです。でもこれはいけないと思いまして、3月の半ばくらいから自宅を3階までなんですけど、毎日10往復するようにしました。まぁストレッチとかはもちろんしてるんですが、お食事は2食にして・・・お仕事のときは3食が多かったんですけど、いまは朝とお昼をブランチのような形にして、でもそこはガッツリと食べて、夜はなるべく炭水化物を減らすとか、それなりに節制しながら、そうしないと緊張感がない毎日なので、どこかでちょっと緊張感を持っていなきゃなっていうことで、はい」

鶴太郎さん「我々のような家業って人様の前に立って緊張感があるからしまった状態になるけど、なくなるとドヨーンと張るものが・・・いやですよね」

冬美さん「確かにそうなの!ホントに最初の頃はあれ?体重はそんなに変わってないのに何かが違う!っていうのがまず自分顔見て思って、そうこうしてるうちに、あら!ちょっと太ってきちゃったかなとは思って、これはいけない!早めに気づいてよかったですね(笑)それから2日に1回は壁に向かって歌って、声を出してないとやっぱり声帯も筋肉なのでだめになっちゃうと思ってやってるんですけども、これも緊張感がないわけですよ!お客様がいらっしゃらないから・・・そこでちょっとYouTubeかなんかを始めまして、ホームビデオを置いておいて、それに向かってその向こうにはファンの人がいてくれてるんだって思うとまあ多少壁に向かって歌うよりは・・・ということでちょっと定期的に」

鶴太郎さん「やっぱりちゃんとそのへんのところは律してるんですねぇ」

冬美さん「あと私は定期的に検診っていうのは、コロナの時期にこういうことがあってからは行ってませんけど、そうするとちゃんと節制してますねって、やっぱり口を通して中、カメラを通して先生がわかるみたいですね、節制してるかどうかっていうのが、バレるんですねぇ!私なんかどっちかというとグウタラなんですよ」

鶴太郎さん「そんなことはないでしょう!」

冬美さん「ホントはグウタラなんです。一日じゃあ・・・いっとき韓流にハマったことがあって、もう何十年も前ですけど、8時間見れますからね、ずーっと!食べ物も飲み物もぜんぶ手の届くところに置いといて、そのDVDを8時間ぶっ続けで見ることができますから」

鶴太郎さん「それやった!?」

冬美さん「やりました!」

鶴太郎さん「8時間やるとさぁ、そりゃやっぱり、やりながらポテチとかいろんなことやるわけですね」

冬美さん「だめでしょぉ!?」

鶴太郎さん「それはだめでしょ!終わったあと見て面白かったなと思うけど、その後ちょっと後悔しますよね、と同時に危機管理能力が・・・叱咤しますか?」

冬美さん「やっぱり自分は元々はこんな性格なんだと思って、駄目だ駄目だって、こんな生活はしてちゃいけない!今はちゃんと映画見ても2時間!3時間は見ないようにしてます。2時間で完結する映画を選んだりとかね、うっふふ(笑)」



石川さゆりさんの「津軽海峡・冬景色」に出会って演歌歌手を目指したという冬美さん

冬美さん「その時すごいお姉さんに見えましたが19歳だったんですね!あの津軽海峡歌ったの、あの歌を、どれだけすごかったかって思うと、ですからいまだにさゆりさんの前に行くともう直立不動ですね。」

鶴太郎さん「そういうもんですよね。お仕事してても気持ちは小学生の頃のレコードを買って崇めた大スターのさゆりさんなんですよねぇ」
冬美さん「ホント、他の先輩は大分慣れましたけど、さゆりさんだけはもう緊張します、いまだに!」

さゆりさんと冬美さんの歌唱を並べて聴くことになり

冬美さん「罰ゲームですかこれ?(笑)」

鶴太郎さん「一緒にちょっと、比べましょう!」

冬美さん「やめてください!」

鶴太郎さん「いやいや、なんなら同時にかけてもいいくらいで」

冬美さん「あっはは、そのほうがごまかされますかね(笑)」



ソフトボールの声出しで3回くらい喉をつぶしている冬美さん

鶴太郎さん「いま話しててもちょっとハスキーなところがありますよね」

冬美さん「私歌うとあんまりハスキーな感じはないかと思うんですけど、結構ハスキーなんですよ」

鶴太郎さん「地の声は結構ハスキーですよね」

冬美さん「そうなんです」

鶴太郎さん「それって喉を潰したおかげですか?」

冬美さん「かもしれないです、うっふふ、はい」

鶴太郎さん「それは後々に歌をやりたいと思って発声もこめてワーって出してたっていうところはあるんですか?」

冬美さん「それはまったくないです」

鶴太郎さん「まったくない!」

冬美さん「夢中になって!うっふふ(笑)」

鶴太郎さん「夢中になってついつい大声出したって」

冬美さん「大声出しちゃったという、結果的に良かったのかも」

鶴太郎さん「勝手にそういうことすると、歌の歌唱と違うから喉をへんに痛めてやっちゃうとまずいこともありますよね」

冬美さん「若いからなんとなく自然に治ったでしょうし、いまだったら怖くてそんな事できません。ゆっくり声帯を温めてからでないと声出せないんで、そんなこわいこと今考えただけでゾッとしますね。それでハスキーボイスのままだったら歌手になれてなかったかもしれませんもの」

鶴太郎さん「ため息路線」

冬美さん「ため息路線(笑)無謀ですね!若さって!怖い」

鶴太郎さん「いまさ、冬美さん発声練習するとき毎日発声練習するの?」

冬美さん「いまは2日に1回ですね。まっ週でいうと1週間に4回くらいはしてます」

鶴太郎さん「それは休めることも必要なの?」

冬美さん「休むことも必要ですし、コンサートが続いて2日間やって1日休むとか、ただ劇場公演になるとこれができないので」

鶴太郎さん「ですよねぇ毎日酷使するものね」

冬美さん「酷使しますねぇ、ホントに必要以外喋らない、歌い終わった後は冷たいもので冷やす、その前は温める、声だす前は温かいもので温める、出した後は冷やす!もうピッチャーと同じですホントに、そういうことをケアもちゃんとして、若いときはやらなかったんですけど、若いときはそんなこと考えたこともなかったです」

鶴太郎さん「まあつーっと出ちゃうんですか?」

冬美さん「まぁ出ずらくても出してましたよね。今はとても怖くてできないですね!大事に大事にしてます」

鶴太郎さん「発声の仕方ってやり始めてどれくらい時間がかかるんですか?」

冬美さん「日によってやっぱり違うんですね、あれなんか今日はスムースに出るな、気持ちよく出るなっていうときもあれば、3、4日例えば空けたとしますね、劇場公演が終わってもう酷使した後、そしたらもう1週間くらいまずそういうときは出さないんですね、それからまた1から出すとなると、ホントに1からなんです!なんかうまく説明できないんですが、膜が張ったみたい、声に、スコーンと抜けない感じがやっぱあるんで、そういうときは低い音から低音で温めていって、だんだん高い声を出すようにします」

鶴太郎さん「当日楽屋であはははーんとかってやるの?出番ギリギリまで」

冬美さん「やります!私たぶんひとよりやるほうだと思いますね。もちろんやらないで出る先輩方も、同僚もいっぱいいますし、出るひともいるんですけど、わたしは移動中にだんだん温めていって」

鶴太郎さん「あははははーとか言いながらこう・・・」

冬美さん「それはできないので(笑)なんとなくムームームーとちょっとハミングじゃないですけど、少し響かせて、ていうのをちょっとやっといて、楽屋についたら少しバーっと出して、でリハーサルをやって、その後したくに1時間とか1時間強かかりますんで、その間も今度はホントに本腰で少しバーっと出して、何曲か本調子で歌って本番に臨みますね」

鶴太郎さん「体調って毎日違いますもんね」

冬美さん「違います!そして昼と夜でも違います!」

鶴太郎さん「そりゃそうですよね。喉も当然そうですよね。出やすいときと、何かさっき言ったように膜がかかったようなしっくりこないなってときもあるでしょうから、それをある程度のちゃんと位置まで、その日によって変わってきますよね!大変なお仕事ですよねぇ」

冬美さん「でも寝起きでも出るっていう方いらっして、それこそさゆりさんに私『さゆりさんはいつもいいお声ですけど、寝起きでもその声出るんですか?』と言ったら、『(さゆりさんの声音で)出るよ』とおっしゃってました!だから天性のものですね!そういう方もいらっしゃいます。ホントにそのまんま本番に臨まれるっていう方も・・・だから私がやってたら『(さゆりさんの声音で)疲れるわよ』っておしゃってました(笑)『本番疲れるわよ』って、うっふふ(笑)確かにそうなんです!でもちょっと不安で!」

鶴太郎さん「だからオーバーワークになってしまうっていう、真面目な人はそうなることもありますよね」

冬美さん「ですから本番はだいたい疲れてます、正直言ってハイ!塩梅ですねぇ」



勝ち抜き歌謡天国から内弟子時代、デビューまでのお話

冬美さん「夜私は何を食べてたんだろう?思い出せないなぁ・・・先生夜召し上がらないんで、飲みに行っちゃうんで、なんか食べてたんですねぇわたしは、あぁ何食べてたんだろう?」

鶴太郎さん「思い出せないくらい?梅干しは持ってってるの?」

冬美さん「梅干しは持ってかなかったですけど(笑)あっ先生のお知り合いのおうちで待たせてもらったりとかっていうときに御飯ごちそうになったりかな?してましたかね。じゃ楽屋お弁当食べなさいとか、そんな感じだったですね」
・・・
冬美さん「(猪俣先生と帰るのは)1時、2時は当たりまえですね!帰ってはじめてうどんだとかラーメンだとか作れとおっしゃって、で作って出したときはもう寝てらっしゃるんで、結果私が食べるっていうパターンで」

鶴太郎さん「ありがちだ、それ食べてたんだ」

冬美さん「だから太っちゃったんですね!もったいないから食べちゃったんですね」



デビュー曲「あばれ太鼓」はたぶん流行らないと思いますと猪俣先生に言ってしまった冬美さん

冬美さん「大変なことですよね大先生に」

鶴太郎さん「よく言いましたね!」

冬美さん「恐ろしいです!いま想像しただけで汗出ますもん」

鶴太郎さん「バカヤロー、何いってんだーって」

冬美さん「百年早い!って言われて(笑)」

鶴太郎さん「ハーハッハハ!はーホントに怒りましたね!」

冬美さん「ほほほっほ(笑)それで行く先々で『こいつは生意気で』って言われました『こんなこと言いやがって』って」

鶴太郎さん「へーっ、それが一つのエピソード、ギャグになるわけですね、おもしれぇーそんなことがあったんですか、それでデビューするわけですね」

冬美さん「そうですね!熱くなってきた(笑)はい!」



藤あや子さんのお話では

冬美さん「(藤あや子さんは勝ち抜き歌謡天国に出た後)猪俣先生のところに何度かレッスンにいらっしゃったみたいで、そこでは会ってないんですが先生がレッスンをしているビデオを見たことがあるんです」

冬美さん「猪俣先生のところには色んなストック棚があって、そこにいつも姫竹っていうんですかね東北で言う細いタケノコ、それが瓶詰めにしてあっって、先生はいつもそれと身欠きにしんをお味噌で煮るんですね、お好きだったんですけど、そこに高橋っていつも名前が書いてあったんですよ、それをなんとなくあやちゃんと話をしてたら『あーっ!その高橋ってうちのお父さんがいつも取ってきて瓶詰めにしたのを私が先生のお宅に行くたびに持ってったものだ』って、それを私いつもストック棚から出して先生今日は何本煮ますか?ってやってたんです。高橋っていうのがあやちゃんとこのものだったんですね」

鶴太郎さん「そうなんですか!すごいご縁ですねぇ!」

冬美さん「ねぇ!あとで二人でわぁーってなったんですけど」



売れっ子になって大忙しの冬美さん

冬美さん「今思えば、今でこそ色んなお仕事をありがたいとか、一つ一つを大事に思いますけど、どこかこなしているというところがある、若い頃は」

鶴太郎さん「なってきますよね。そういう時を経てこないとわからないですけどね」

冬美さん「例えばデビューして3年目、紅白の翌年ですね、から全国ツアーをやるようになって、5年めから劇場公演をやるようになって、そうするとそのサイクルなわけですよね、コンサートと劇場と、本当に申し訳ないですけど、はい今日はもう終わった、はいここも終わった、ひとつずつ消していくっていう感覚ですね、消化していくっていう感覚ですね」

鶴太郎さん「これいつまで続くの?永遠に続くの?ちょっとさあなんか心の疲労がとれないんだけどって感じですよね」

冬美さん「ほんとにそうです!おっしゃるとおりです!どこ行ってもおんなじ!今でこそどこどこ行ったら何が美味しいとか、ねぇそういうことも感じられますけど、景色がどうだとかもう最初の10年くらいはそんな余裕なんかまったく」

鶴太郎さん「でしょうね!苦行に近いものなんですね」

冬美さん「ホントにそうですね!贅沢な悩みですけど、そのときは日々のお仕事をこなしていくのが精一杯でした」

冬美さん「いまその頃を振り返ると、その時に来てくださったお客様に、お客様は喜んでくださったかもわからないけど、もう一度ちゃんと今の舞台を見て欲しなと思ったりしますね、若い頃はごめんなさいねって」

鶴太郎さん「わかりますよ!誰しもが通る道じゃないですかねぇ」

冬美さん「そうですかねぇ」



猪俣先生の他界から「夜桜お七」との出会い

お父さんの事故死から休業へ

伍代夏子さんと藤あや子さんとのご縁

冬美さん「若いときはねぇ、私は結婚願望がすごくあったんですね20代から、でもあの二人は、あやちゃんは1回結婚されてましたしお子さんもいらっしゃったんで、あの二人は『何いってんの』って、私20代、あの二人は30代、『私達には歌があるじゃない!そんなの好きだとか嫌いだとか言ってるのなんか一瞬だから、結婚なんかねしなくていいから』って言ってある日突然なっちゃんのお家に二人呼ばれてあやちゃんと、『私結婚するの』『えーっ!誰?』って言ったら杉良太郎さんの台本見せられて『このひとと』『えーっちょっと待ってこの中の誰?誰と?』『だからこのひと!』『ひえーっ!!』って私達ひっくり返りました!杉良太郎さんですもん!驚きましたよ!それがなっちゃんの突然の結婚ですよ、そして3年、4年前ですかもう?3年前?あやちゃん!『私結婚するの!』『えーっ!?』って(笑)」

鶴太郎さん「あれだけ言ってたじゃない!」

冬美さん「言ってたじゃない(笑)で『あんたねぇこれから先寂しいよ、結婚したほうがいいよ』『もうわたし50過ぎちゃったんですけど、どうしてくれるんですか!』みたいな(笑)ほんとに!ねぇまあ女友達そんなもんですよホントに(笑)」

鶴太郎さん「どうご縁があるかわかんないすもんねぇ」

冬美さん「そうなんでしょうね。ホントそうだと思いました」

冬美さん「私の青春どうしてくれるの!『ひとりがいいわよ!何結婚なんて夢みたいなこと言ってんの』って二人に言われたんです!もう洗脳されてたんです私!それなのにもう」

鶴太郎さん「ずるいよあなた方!ってなもんで」

冬美さん「えぇー!!ですよもうねぇ!ホントに(笑)」

鶴太郎さん「これからでもわかんないですからね!こればっかりはね。どこでどうなるかわかんないですよ」

冬美さん「このコロナでホントに一人の不安さっていいますかね、なんかあったときにっていうのはちょっと強く感じましたね。一人ですから寝るときは周りに水も背負っていけるようなリュックとかヘルメットとか靴とか携帯とか何もかも、ラジオも懐中電灯も全部置いて寝てるんですけど、一人ですからね。ある程度もうちょっとしたらやっぱりね、それをちゃんとかついでいってくれる人がいないと、やっぱり、それ全部持っていくの大変ですからね」

鶴太郎さん「ねぇ!今全く気配ないですか?」

冬美さん「気配ないですねぇ」

鶴太郎さん「でも別に結婚しないという固い意志ではないんですね。もしご縁があってなんかあったらそういう気持ちはあるんですね」

冬美さん「もちろんあります。ただほらなんかこう面倒くさいっていうのは正直あるんですよ。いまさら何かこう着飾って一から始めるのは大変なことですから。ねっそう考えると自然とねダラダラしてる自分でもいいって言ってくれる人がいれば嬉しいですけどね」

ゲッターズさんに何度か占ってもらった春はやって来なかったというお話



書道家金田石城先生との出会い

冬美さん「デビュー20周年の時に取材を、石城先生と対談みたいな形で」

鶴太郎さん「石城先生ファンでしたからね、冬美さんの」

冬美さん「そうなんですか!?えぇーっ!」

鶴太郎さん「だからお声かけたんですよ」

冬美さん「あっそういうことだったんですか!私はまったくわからないまま対談をやらせていただいて、実はその20周年の曲を、『こんなことをお願いしていいかどうかわからないんですが石城先生に書いていただいたらお高いんでしょうね』って(笑)私言ったんですよ。そうしたら、『あなた書きなさいよ!』っておっしゃられたんですね。『えーっ先生そんな学生の頃にちょっと書いたくらいですから無理です無理です』って言ったら、『大丈夫!筆も場所も用意するから体一つでいらっしゃい』っておっしゃってくださって行ったのが最初なんですね。その時大きな筆を用意してくださって、旅館の大広間をお借りしてやらせていただいたのが最初です。」

鶴太郎さん「まったくわけわかんないまんま大きい筆もたされ墨つけられててはい書いてってダンてやられるわけですね」

冬美さん「そうです!最初に書いた字が鬼っていう字なんです。書いてみてって何のご指導もなく、その後教えていただいて書いたのが羅生門というタイトルだったんですけど、それから毎年一回くらいは先生のアトリエにお邪魔してご指導いただいて、その後お食事をごちそうになってっていうのがだいたいですねぇ」
・・・
鶴太郎さん「紙なんか中国の画仙紙で1枚高いんですよ実は」

冬美さん「それ聞いたらもうよけい・・・ちょっとあぁー失敗って言ったら、ぱっと替えてくださるんですよねぇ!やっぱりお高いですよねぇ」

鶴太郎さん「高いんですよ!中国の画仙紙ってなかなか作ってなくて、昔の古い紙を用意してくださって、古い紙なんか1枚たぶん2,3千円するでしょうね」

冬美さん「はぁーっ!!ホントですか!?」

鶴太郎さん「いまお金出しても買えない紙もあるんです。ないから。だから中国画仙というのは非常に貴重な紙なんです」

冬美さん「いやー知らないって怖いですねぇ!わたしパッパパッパ使っちゃってました、ちょっと気をつけます今年から!」

鶴太郎さんから冬美さん自身の書で着物をつくったらいいと提案



鶴太郎さんも冬美さんのカバー曲をよく聴いているというお話

鶴太郎さん「カバーいいっすよねぇ、冬美さんの声って、ぼくが好きなのは湿度があるじゃないですか、哀愁と色気とね、エロスというか、だからカバー曲ってハズレがないんですよね、みんないい曲だから、それを冬美さんの世界でやってくださって、あれだけ演歌がうまい、演歌でこうやってるけど、ようするにポップス系なんか歌うとさーっとこうね、ふぁーとこう流してくれてるから、なんていうんでしょうね、BGMとして絵を描いてるときとか、ぼくは絵を描いてるとき色んな曲流すんですけど、そんなときフッと出てくると、フッと筆止まりますもんね!あーやっぱりいいなぁうまいなぁと思いながら」

冬美さん「嬉しいですぅ」

カバーアルバムはアレンジを変えてイントロを聴いてもわからないようにしたお話

HISのお話

曲目(昭和ちゃんねるのソングリスト
俺でいいのか(ギターバージョン)
津軽海峡・冬景色(石川さゆり)
津軽海峡・冬景色
あばれ太鼓
祝い酒
男の情話
能登はいらんかいね
火の国の女
夜桜お七
恋ざんげ(伍代夏子)
くちづけ(藤あや子)
また君に恋してる
ワインレッドの心
愛は祈りのようだね
京都慕情
酒と泪と男と女
あなたしか見えない
アカシヤの雨がやむとき
石狩挽歌
北の宿から
舟唄
越冬つばめ
HISのテーマ
夜空の誓い
パープル・ヘイズ音頭
日本の人
ラストダンス(w五木ひろし)
居酒屋(w五木ひろし)
時を超えて
百夜行
女は抱かれて鮎になる

1591944157251.jpg
画像は「冬美便り」から

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